journal, storyInterview with Mariko Hirasawa

(2) 描くように刷る、1枚きりの「描版画」

イラストレーターや版画家、またエッセイストとして、多岐に渡る分野で活動する平澤まりこさん。
広告や書籍、商品パッケージなどのイラストレーションを手掛けながら、近年ではモノタイプと言われる版画を中心に個人的な表現にも力を入れています。
さまざまな表現に向き合うしなやかな姿勢や、クリアな眼差しの背景にあるストーリーとは?

第2話は、平澤さんが打ち込んでいる「描版画」について。稀少なプレス機やその手法を詳しくお教えいただきました。

 


 

「わからなさ」が面白い、自由になれた描版画

 
▼巨大な古いプレス機を前に、集中する平澤さん。

—現在制作されているモノタイプは一枚きりの版画とのことですが、改めてその手法を詳しくお聞かせいただけますか?

平澤さん: モノタイプとは1枚しかできない版画の総称なので、色々な手法があります。
私の場合、まずリトグラフのプレス機の天板に透明のアクリルシートを敷きます。そこに刷り師さんに作っていただいたインクを全面に塗って、そのインクを布で拭き取ることで描いていきます。そして残った色を刷る。インクはかなりベタベタしているので、溶剤を染み込ませた筆で表面をゆるめてから拭き取っています。
モノタイプの中でも私の行っている手法をわかりやすくするために、陶作家の安藤雅信さんが「描版画」という名前をつけてくださいました。1枚1枚描いているのだから「描く」という字を入れたほうがいいのでは、とおっしゃられて。

—「描版画」、なるほど。直接描いていく絵画に近しいところがあるのですね。
インクを拭き取って、残った色を刷って、という作業を何回も重ねていくのですか?

平澤さん: そうです。拭き取って、刷ってというのを何回も重ねていきます。
淡い色を重ねるとグラデーションにもなります。そういうことも頭に入れつつ作業していきます。
最初は事前に下書きや設計図のようなものを準備して臨んでいたのですが、そうすると下書きに合わせようとしてしまい、面白くなくて。今は何も用意せずその場で浮かんだものを大切にするようになりました。失敗する時もありますが、何色か重ねるうちに良くなってきたりするのです。その「わからなさ」がすごく面白い。

—失敗があったとしても、自由に身体的に描いていって、平澤さん自身が未知のものに出会えることが面白いのですね。

平澤さん: そうですね。イラストは必ず「ラフ」というのを描いて、それで確認が取れてから本書きに入るので失敗がありません。イラストレーターを長年しているので、そんな風に事前に準備することには慣れていますしその方が安心なのですが、絵にはクライアントもいませんし、失敗かどうかを決めるのは自分です。「だったらそんな壁をも取っ払えばいいんだ!」と自由になれました。

 
▼色は平澤さんが伝えたイメージを元に、刷り師の方が都度インクを調合する。

 

パリからやって来た、歴史あるプレス機

—制作にはフランスから来た希少なプレス機を使っているそうですね。

平澤さん: はい。かつてパリに「アトリエ・ムルロー」という版画工房がありました。ピカソやシャガールなど有名な画家たちが通っていたような老舗の工房です。そこを訪れた益田祐作さんという方がそのプレス機に惚れ込んで、「日本でも工房を作りたいからプレス機を譲ってほしい」と交渉しました。でもすぐに断られて。そこから何度も通っては懇願し、工房の方が根負けして、最終的に3台の巨大なプレス機が日本に来ることになりました。
東麻布にできた工房には、猪熊弦一郎さんや安野光雄さん、柚木沙弥郎さんなどの巨匠たちが通いましたが、10年と少し前にクローズして、3台のプレス機のうちの1台は宇都宮美術館、1台は凸版印刷の印刷博物館、そしてもう1台は私が通っている工房に設置され、それが今日本で実働しているうちの貴重な1台となっています。

 
▼刷り師の門馬達雄さん(写真左)。拭き取って、刷ってを繰り返し重ねていく(写真右)。

 

—そのプレス機で制作することにどんな魅力を感じますか?

平澤さん: やはりそれだけの長い歴史が継承されているということですね。
それから一人ではなく、一緒に作業をしてくださる刷り師の門馬達雄さんの経験からも学ぶことがたくさんあります。人に関わってもらうことで緊張感も生まれますし、真摯に制作に向き合えます。

—誰かと一緒に作業することで、制作に向かう気持ちも風通しがよくなりそうですね。

そうですね。どうしても絵を描くって孤独な作業になりがちです。人が関わって一緒に何かをすると、アドバイスをもらったりするわけではないけれど、それだけで受け取るものがある。
最近は安藤雅信さんと一緒に作品の制作もさせていただきましたが、自分でも意外なほど、共同制作に違和感がなくスムーズでした。知らぬ間に刷り師さんとの作業で慣れてきていたのかもしれませんね。
協働して下さる方から、長年培ってきた経験を惜しみなく伝えていただいて、とても豊かな制作をしています。感謝してもしきれない思いです。

(つづく)

 
Interview with Mariko Hirasawa
(1) 絵を描くようになるまで
(2) 描くように刷る、1枚きりの「描版画」
(3) 「いつも自分を整えて、信じてあげる」

 


 

平澤 まりこ(ひらさわ まりこ)
主に東京を拠点に、イラストレーターや版画家、またエッセイストとして多岐に渡る分野で活動する平澤まりこさん。セツ・モードセミナー卒業後にイラストレーターとしての仕事をスタートし、2002年に初の著書『おでかけ手帖』を刊行。その後さまざまな連載やエッセイなどを刊行しています。
広告や書籍、商品パッケージなどのイラストレーションを手掛けながら、近年ではモノタイプと言われる版画を中心に個人的な表現にも力を入れている平澤さん。陶芸などの新しい素材や手法にも意欲的に取り組むなど、創造の幅を広げています。

https://www.instagram.com/mariko_h/

 
平澤まりこ 作品展
“小さきもの 大きなひとつとなりて”

会場:doinel (ドワネル)  東京都港区北青山 3-2-9
会期:2021年 12月 4日(土) – 12月 14日(火)
営業時間:12:00 – 19:00 水曜定休

◯会期の途中より、一部 online store でも展開予定です。

▼展示詳細はこちらから
https://doinel.net/21397
 

update: 2021.12.01

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