ズラッと並んだボトルたち。ガラスの上からはその液体の香りも味わいも、知ることはできない。手がかりになるのは、そう、一枚のラベル(仏語ではエチケット)。ヴァン・ナチュールに両足どっぷりつかってから、早数年経つが、酒屋でのエチケットとのにらめっこは時間を忘れてします。
なじみの顔、どこか酒場で会った気がするの顔、堅苦しい顔、型破りな顔、小粋な顔、皮肉な顔、素っ気ない顔、情熱的な顔、顔、顔、顔。こんな香りか、あんな味かと頭の中で妄想を繰り広げ、待てよ今夜のおかずは秋刀魚だったな、和食でもいけるのはこれか、しかし今日はすっかり赤気分だったのに、と一進一退を繰り返す。困ったときにはいつものあいつと、ついつい保守的にお気に入りを選びそうになるところを、グッと首ねっこをつかまれて、オイこっちにしとけよと、どぎつい顔が主張し始める。新顔が妙に目にちらつく。いおままで相手にしていなかったおとなしい顔が、今日はなぜだか気になって仕方ない。未知の味への冒険(というと大層だが)の入り口となるのが、そんな顔たちの声なき声なのだ。
覚悟を決めて、ボトルを手に取り、今夜の小さな宴はお前にまかせたと、自転車に乗って家路を急ぐのである。ちなみに、初対面の印象が悪かったやつほど、一口飲んでびっくり、デザインまで素敵に見えてくるというのは、いつものことである。
Wrriten by:前田景 アートディレクター
1980年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。M&C SAATCHIの東京支社でクリエイティブ・ディレクターとして広告制作に携わりながら、グラフィック、エディトリアル、ウェブなど幅広いフィールドで自らの手を動かしてデザインを生み出している。biotope/doinelにおける鹿児島睦さん関連のデザインのアートディレクションも担当している。
doinel journal Nobenmer 2014はこちら