映画「シングルマン」は、世界的に有名なファッションデザイナー、トム・フォードの監督作品である。主人公である大学教授のジョージは、最愛のパートナーを交通事故で亡くした喪失感から自殺を決意し、死への準備を進めていく、というストーリーだ。

内容の素晴らしさはもちろん、僕が惹か れているのはそこだけではない。それはジョージが自分の最期を迎えるために身辺整理をしていく過程で、彼の様々な所有物を観察できるところに ある。完璧に畳まれ引き出しにずらりと並んだ襟の小さな白いシャツ。細めのタイにクラシカルなスーツを身にまとい、顔を彩るのはセルフレーム の黒縁眼鏡。建築家ジョン・ロートナーによるガラスのモダンな住まいにはカーテンすらない。景色が映るほど磨き込まれた車はメルセデス・ ベンツのクラシックカー。そして、タオル、剃刀、 薬箱、キーホルダー、メモ帳といった細部にいたる までこだわりが感じられる。DVDを一時停止しながら、一つ一つを調べていくこともまた楽しい。 映画スタッフが制作会議の中でジョージの持ち物に対して、ああだこうだと議論を重ねている様子を想像すると何だか微笑ましくなる。一人の人間の所有物一つ一つが編集され、その人を形づくる ようなスタイルを持つことに僕は憧れてしまった。

自分の所有物に対して隅々まで意識が行き届いていない僕は、生活空間から髪型、消耗品にいたるまで、ほんとうに自分が好きなもの、美しいと感じるもの、自分にとっての必需品で自分を編集し直したいと思った。自問自答を繰り返し、時間のかかる作業でなかなかはかどらないけれど、いつもそんなことを考えている。憧れのジョージと同じ眼鏡をかけながら。